「○」があったら何でもできる!?①

前々回からの続きをと思ったのですが…今回はちょっと別のお話

過日、某小学校で4年生の社会科の研究授業の指導助言をということで、研究授業に参加しました。

「自然災害から人々を守る活動」という単元名で、当日は全15時間の最終の15時間目の授業でした。

主な展開は、これまで学んできた様々な「自然災害」や「阪神淡路大震災」の被災状況などの学びを生かして、各家庭で作成した「防災リュック」の中身を写真に撮って、それを元にグループで話し合うというものでした。

例によって、教室の後ろに貼っていただいている掲示物で、子どもたちの作品をチェックしました。衝動性はそこまで高くはないけれど、不器用さを感じる子どもたちが30人中10人ほど居るクラスでした。

授業後の検討会で担任の先生からは「普段の授業では、これらの子どもたちが共鳴し合って、自分の思い通りには中々授業が進まないこともある。今日は研究授業で校長先生をはじめ多くの先生方に囲まれて、スムーズに進みました。」との話が出ました。

周りに他の先生方が居れば、きちんとできるというのは、ある意味「空気が読める」ということですから、決して悪いことではありません。(担任としては、「何だか釈然としない」かもしれませんが…)

さて、そんな中一番前の運動場側に座っている男の子が、色々なタイミングで

「お金やお金、『金』があったら何でもできる…」

と声に出します。

多分、10回はこえていたと思います。(笑)

彼は明らかに低緊張で、机の下に身体がズルズルと入ってしまい、頭だけが見えているような座り方をしています。

その声に、共鳴したくでたまらない他の子どもも居るのですが、さすがに周りに先生方が居るので我慢していました。

クループでの話し合いやまとめの時もの女の子たちの表情を見ていましたが「困った子やなぁ」と弟を見るような暖かい視線でした。

日頃、いちいち担任が反応して「うるさい!」「黙りなさい!」などとやっていたら、クラスの雰囲気はもっと悪くなっている筈ですから…授業者の担任の先生も「愛の無視」で都合の悪い発言は、上手くスルーしておられるようです。

惜しかったのは、最後の友達の発表の時に、彼が思わず「天才やん!」と発声したのですが、それもスルーしたことです。

これまで何度も言ってきましたが、心理学的に集団の中で「注目した行動は強化される」ので、あそこに注目して

「アンタ、ええこと言うなぁ。よう、聞いてたなぁ。」

さらに「何で、天才やと思ったの?」

ぐらい注目できると、より良い発言が強化されるのですが…脳が健康だとこれが難しい。

さて、授業としては「学び方を学んでいる(鍛えられている)」ので、グループでの話し合いはスムーズでとても良いと思いました。

次回、その話し合いの「質」をどのように高めるのかについて、考えてみたいと思います。

笑顔で 元気に 逞しく!

ステキな学校・学級をつくるため 自分の歩幅で、前進していきましょう!

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