困っている子どもたちへの先生方の配慮の中に、「声を掛ける」という言葉がよく出てきます。
小学校や幼稚園・こども園などでは、椅子に座って居られず立ち歩いている子どもたちや、授業と関係のあることないことず~っと喋っている子どもたちと出会います。
また、中学校では、授業中机に突っ伏してしまって寝ている(ように見える)生徒をよく見かけます。
「声を掛ける」ことは、決してあなたを「見捨てていないからね」という大切なメッセージになりますから、とても大事な指導・支援の一つではあります。
只、その「声の掛け方」や「タイミング」を間違えると、その効果は真逆になることがあります。
「声の掛け方」の細かなスキルについては、過去記事で「大丈夫?」の使い方や「I(愛)メッセージ」の出し方等について書いているので、今回は「タイミング」について書いてみます。
例えば、授業中に常日頃から机に突っ伏している生徒に、突然「大丈夫か?」と声を掛けても「先生、何言ってるんだ、オレはいつも寝とるわ!」となってしまいます。
つまり、周りの生徒も「アイツ、今日も寝とるなぁ。」と思ってスルーしているのに、そこに声を掛けると、ことさら目立たせて「恥」をかかせることになってしまう場合もあるのです。
ですから声を掛けるなら、授業が終わった後の休み時間や放課後など、周りに誰も居ない時にじっくり話をした方が、余程気遣いのある配慮になります。
もし、その突っ伏している生徒が、小学校段階の「繰り上がり」「繰り下がり」や「掛け算」でつまづいているとすれば、「二次関数」の授業についていくのは無理だろうというのは誰でも想像がつきます。
それでも、学校を休まず理解できない授業でも邪魔することもなく、健気に登校しているのです。
つまり、「みんなで一緒に同じ課題を同じペースで学ぶ」これまでの日本の学び方では、寝てくれている方がこちらは助かるのです。(多分、私が生徒なら「こんなん分からん!面白くない!」と暴れます<(_ _)>)
「みんなで一緒に、同じ課題を同じペースで」学んでいるときに、声を掛け過ぎたり、横について教えたりする行為は、「この人は、数学ができません或いは苦手です」と周りに宣言しているように見えてしまう場合があります。
中学校の先生方からは、個別指導をしようとすると「先生、来るなや!(恥ずかしいやろ)」と言われると伺うことがありますが、そう言う生徒の気持ちはよく分かります。
もし、『個別最適化』で各自がそれぞれの自分の学びたい課題を学んでいるのであれば、みんなから遅れているとか、一人だけできないとかは関係ないのです。
日本の学校では、現在まだ概ね「履修主義」ですから、寝ていようがボーっとしていようが、学んだことにしてトコロテンのように卒業させてしまいます。
今回の学習指導要領での「個別最適化」という言葉は、「履修主義」から「修得主義」への転換とも捉えられます。
子どもたちひとり一人が「学びの主人公」という素敵な言葉も出てきています。
理念は大賛成!でも、この理念の転換は、明治維新以来の大改革ですから、早々簡単には教育改革をやれそうにないかもしれません。
だからこそ、正に今「知恵」を出して子どもたちのために1㎜でも前に進みましょう!
次回からは、子どもを学びの主人公にする難しさや、それでもどうやって前進するかについて考えます。
笑顔で 元気に 逞しく!
ステキな学校・学級をつくるため 自分の歩幅で、前進していきましょう!

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