本学の全学での研修:PD(プロフェッショナルデベロップメント)の中で、「体験の言語化」という言葉が、トピックの一つとして取り上げられています。
人は何某かの体験をすると、原則その経験はインプット(内化)されます。その内化された体験をアウトプット(外化)することによって、さらに深まりや広がりが生まれるのだろうと考えられます。
そのアウトプットの一つの方向が、「言語化」になります。「言語化」と言っても、粗く「話す」と「書く」に分けられます。
これを「情報」の流れで考えてみると、「体験」という視覚や聴覚、触覚という総合的な情報の入力があって、それを脳で統合し「言語」(書く、話す)という形でアウトプットするということになります。
困っている子どもたちは、この「情報」の入力~統合~出力の流れのどこかで、目詰まりがあったり偏りがあったりするのです。
定型発達の人たちにとっては、困っている子どもたちが、普通におしゃべりもできるし困った様子は無いのに、「なぜこんなことが分からないの?」とか、「なぜこんなことができないの?」とか思ってしまうのですが、人の認知というのは、本当に人それぞれです。
つまり、子どもたちの指導や支援を考えた時、子どもたちがどこに困っているのかを把握できていないと、せっかく熱心に取り組んでも的外れな指導や支援になってしまいます。
それらを読み取るために、子どもたちがアウトプットしてくれた絵や文字などの作品がとても役に立ちます。
加齢等による認知症などの問題も子どもたちの認知の歪みや偏りも、この「認知」の問題は、私たちの指導や支援を改善していく時の、重要な手がかりとなってくれます。
それでは、また!
笑顔で 元気に 逞しく!
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