さて、困っている子どもたちの特性を理解して「合理的配慮」の実践をしていると、子どもたちから次のように言われることがあります。
「先生、何でAさんだけええのん?(許されるの?)」
このセリフを言われると私たちは
「いつも立ち歩いているAさんは叱られることはないのに、たまたま今日少し立ち上がっただけで何で僕は叱られるんだ!?これはおかしい差別だ!」
と子どもたちから言われているように感じてしまいがちです。
つまり、自分は合理的配慮として、多動のあるAさんが立ち歩くことを敢えてスルーしていちいち注意しないようにしているのに、逆に「不合理ではないか!?」「ひいきをしているのではないか?!」と聞こえるのです。
これには戸惑いますし、我々教師はすべての子どもたちを平等に関わりたいという意識が強いですから、このように言われると心外ですからとても傷つきます。
さて、この問題の本質はどこにあるのでしょうか?
実は、子どもたちに「インクルーシブな視点」が育ち切っていないというところにあります。
インクルーシブ教育においては、すべての子どもたちに学習する「権利」や「機会」の平等性、包括性が保障されなければならないのですが、表面的な平等性にとらわれると「みんなちがって、みんないい」とは考えられなくなるのです。
勿論、私たち自身にもまだまだインクルーシブな理念がまだまだ成熟していないので、子どもたちからこのような言われ方をすると動揺してしまいます。
その証拠に、合理的配慮に基づいた実践を進めていると、周りの大人から言われるセリフがあります。
それでは、続きはまた!
笑顔で 元気に 逞しく!
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